2024年5月24日 / 最終更新日時 : 2024年5月24日 山本 敏行 まいどさん 武家屋敷土塀 金沢市内に、武家屋敷跡の土塀が多く残っている これは明治時代に、武家屋敷跡が果樹園となり 泥棒よけによいので残されたと言われている りんごやみかんを栽培されていたらしい。 そういえば、萩の城下町跡も 武家屋敷の跡でみかんの栽培を行なっていたと聞いた 江戸から明治に変る変遷で、武士の給金がなくなり 武士が江戸や大坂に移住し 屋敷の後が果樹園になるのは、多くの都市で行なわれたのかもしれない 観光の名所となっているが、 土塀の役割も変ってきていることに 歴史を感じる。 コメントを残す コメントをキャンセルメールアドレスが公開されることはありません。 ※ が付いている欄は必須項目ですコメント ※ 名前 ※ メール ※ サイト 次回のコメントで使用するためブラウザーに自分の名前、メールアドレス、サイトを保存する。